余計なものを持つことの価値【森博嗣】新連載「日常のフローチャート」第11回
森博嗣 新連載エッセィ「日常のフローチャート Daily Flowchart」連載第11回
【断捨離の反対】
そういえば、数年まえに『アンチ整理術』という本を上梓した。出版社から「整理術に関して書いて下さい」と依頼され、その逆の指向の内容を書いた。世の中では「断捨離」なるものが流行っているらしいが、僕はその正反対だ。ものを集め、ガラクタを溜め込む。スペースがなくなったら、もっと広い場所へ引っ越す。田舎に住めば、それが可能だ。整理も整頓もしない。雑然、無秩序、しかも多くは収納さえされていないから、埃を被っている。しかし、人に見せるものではない。埃を被っても、その品物の本質に変化はない。必要になれば手に取り、また復活させる。あるときは、別のものに姿を変えて蘇る。そんな可能性に満ちたものたちと長くつき合うことで、自分だけ時間を楽しんできた。
飽きたら、あっさり別のものに手を出す。しかし、飽きたからといって不要になったわけではない。またきっとやりたくなる。それまで少し休んでいてもらうだけだ。今不要だからといって未来の価値が消えたわけではない。
どんどんものを捨てて、持ち物を少なくしようという考え方に異を唱えているわけではない。たしかに身の回りがすっきりして一時的に気持ちが良くなる効果はある。だが、それだけだ。気持ちが良くなっても、新しいものが生まれなければ、夢を見ているのと
何故、書斎や図書館には本があんなに沢山並んでいるのか。あの空間を眺めていて、ふと思いつくこと、思い出すことがあって、そのとき、「たしか、この辺りに……」と探して発見し、「あった、あった」と本を広げて、新たな発想に出会う、その楽しさのためである。読んだ本をすべて手放せば、発想を生む環境も消えてしまうだろう。
人間は、ただ消費するために生きているのではない。与えられたものを消化し、毎日健康であることが人生の目的ではない。それでは、機械と同じこと。そうではなく、消費をしたものが頭に残り、ときどきそこから、「えっと、なにか、気になるな」と連想し、発想し、これまでになかったものを生み出すこと、そのために生きていると考えたい。
断捨離が悪いとはいわない。ただ、断捨離が無条件に良いことだとする考え方には反論したくなる。少なくとも、僕は断捨離しない生き方を楽しんでいる。断捨離しないことで生まれる価値は非常に大きい。
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世の中はますます騒々しく、人々はいっそう浮き足立ってきた・・・そんなやかましい時代を、静かに生きるにはどうすればいいのか? 人生を幸せに生きるとはどういうことか?
森博嗣先生が自身の日常を観察し、思索しつづけた極上のエッセィ。「書くこと・作ること・生きること」の本質を綴り、不可解な時代を見極める智恵を指南。他者と競わず戦わず、孤独と自由を楽しむヒントに溢れた書です。
〈無駄だ、贅沢だ、というのなら、生きていること自体が無駄で贅沢な状況といえるだろう。人間は何故生きているのか、と問われれば、僕は「生きるのが趣味です」と答えるのが適切だと考えている。趣味は無駄で贅沢なものなのだから、辻褄が合っている。〉(第5回「五月が一番夏らしい季節」より)。